• シェイク! Vol.3 いま、デザインから考えてみる<br>中谷日出(NHK)×河尻亨一(銀河ライター)×灰色ハイジ(デザイナー&プランナー)

シェイク! Vol.3 いま、デザインから考えてみる
中谷日出(NHK)×河尻亨一(銀河ライター)×灰色ハイジ(デザイナー&プランナー)

異なる業種で活躍する3人がそれぞれの視点で語り合い、新たな価値観を生み出すヒントを見つけるトークセッション「シェイク!」。第3回は、NHKの芸術、IT分野の解説委員を務める中谷日出さんと、元「広告批評」編集長で「銀河ライター」主宰の河尻亨一さん、デザイナー兼プランナーで「ポケモン GO」の特報映像などを手がけた灰色ハイジさんが登場。「いま、デザインから考えてみる」をテーマに語り合った。

「ポケモンGO」ってどう?

河尻

今日は「デザイン」という大変ざっくりしたテーマでして…。どこから入っていくべきか? なかなか難しいですね、これ。デザインって、あらゆることに関係してきますから。

というわけで、まずはいま話題の「ポケモンGO」から考えてみますか?(笑) 僕も、捕獲しながらここに来たんですけど、中谷さん、ハイジさんはどのようにお感じになっていますか? このゲームの”デザイン”について。中谷さんは取材もされたそうですね。

中谷

背景にグーグルさんの戦略をものすごく感じるので、本気では(ブームに)乗れないです。取材をすればするほど、今後の展開のプロモーション機能を「ポケモンGO」が有している感じがするので。

河尻

どういう戦略なんでしょう?

中谷

グーグルさんだけではなく、アマゾンさんもアップルさんもそうなんだけど、ネットに携わっている人たちは仮想社会をどういうふうに展開していくか、ということをみんな考えているんです。「ポケモンGO」のようなものは、もうちょっと後の展開になると思っていたので、予測していなかった。

河尻

そもそも、あれはAR(拡張現実)という技術なんですね。「セカイカメラ」というアプリも流行っていたように、ARっていうのはもう5年くらい前に散々いろいろなものが出て、むしろ終わったかな?と思っていたところに、今「ポケモンGO」のブレークがあるのがちょっと不思議。人によっては「MR(Mixed Reality)」と言ったりしているようですが、それにしても今ヒットする必然性があったんでしょうか?

中谷

オールドコンシューマーたちにも根付かせるきっかけになるわけで。NHKのおじさんたちも「まだやっていない」っていう言い方をするの。「やるのかよ?」って(笑)。

河尻

グーグルの戦略でいうと「アルファ碁」というのもそれかもしれません。プロ棋士に勝つという、目に見える部分が喝采されてはいますが、カンヌライオンズのエントリービデオなどを見ると、最後に「(この技術は)もっと大きな社会的チャレンジに活用されるだろう」と、むしろそこを強調しています。

それは中谷さんが今おっしゃったこととリンクしている気がして。つまり、これからの「仮想社会をどう作っていくか?」「そのプロセスを、いかにわかりやすく世界の何十億人にシェアするか」というビッグミッションを達成するための駒としての「アルファ碁」だという印象を持っていたんですけど、「ポケモンGO」にもそういったものがあると? 

中谷

いや、もう絶対あると思いますね。(ネット上での仮想社会である)メタバースっていう概念があって。メタバースはひとつの会社だけではできなくて、いろいろなところが作っているメタバースが合わさった時に初めてメタバースネットワークができて、仮想社会が出来上がる。どこが、そのイニシアチブをとるかを、みんな考えている感じがするんですよね。

河尻

比喩として言うと、ここでいう「戦略」というのは、いわば来るべき世界のための“OS”を構築するためのグランドデザインですよね。その時に天下統一を果たすのは誰なのか?を今競い合っている段階で。そういった「IT帝国」がひしめき合うなかで、それ以外の”国”はどういう戦略を取れば生き延びていけるとお考えですか?

中谷

グーグルとか5大勢力に勝つには、先を行かないとダメ。彼らの持っている情報よりも、もっと情報を持たないと絶対に勝てない。今のネットワークシーンは、あと追いなんですよ。LINEさんはそれをやっていなかったから、何とか……まあ誤解から生まれたビジネスだと思うんですけど。

河尻

まだ、その誤解の芽は他にもある?

中谷

いっぱいありますよ。

河尻

例えば? 言える範囲で何かヒントはないですか?

中谷

ゲームですよ。

ポケモン世代のリアルな反応

河尻

なるほど。ではハイジさんにも聞いてみましょう。「ポケモンGO」をどう見ていますか?

ハイジ

そもそも私は、ローンチされる前に、去年トレーラー映像を作っていまして。初めて「ポケモンGO」というものが世の中に出た映像を、前職の博報堂のグループ会社で、プランナーの一人として考えました。当時はまだ「ポケモンGO」の開発中で、ゲーム画面が完成していない状態で、そのシナリオを考えつつ、映像内に出てくるゲームのUI(ユーザインタフェース)をデザインしたりしていました。

河尻

お仕事はトントンと進みました?

ハイジ

「ポケモンGO」のトレーラーの前段階として、実はグーグルマップのエイプリルフール企画で、ポケモンがマップに再現されるという映像を先輩のクリエイティブディレクターが作っていたんです。まさに「ポケモンGO」の前身というか。エイプリルフールなので存在はしないんですけど、「もしポケモンが世の中にいたら……」みたいな映像を作っていて。それがきっかけで今回の映像制作の話にも繋がったのですが、エイプリルフールで妄想したものがリアルになったという感じですね。

河尻

当時作業をしながら、こんなにすごいことになると思っていました?

ハイジ

いやあ……。普段プロモーション映像を作るときは「もしこの商品が世の中に出たら、どういうことが起きるんだろう?」って、未来を妄想してシナリオを書いたりしてるんですけど、「ポケモンGO」のトレーラーを作っているときも、私がめちゃくちゃポケモン世代だったこともあって「こういうことが起きたらいいな」と、他のスタッフも含めて、過去の体験と未来への妄想がつまったトレーラーになりました。実際「ポケモンGO」がリリースされたら、自分が想像した以上のことが現実になっていて。周辺のニュースも含めておもしろいなと思っていますね。

河尻

アプリとして見た場合はどうなんですか?

ハイジ

本番のものにはまったく関わっていないですけど、トレーラーの時にはけっこうポケモンカラーの青と黄色を踏襲して、映像内のUIをデザインしていました。それで実際に出来上がったものを見ると、今っぽさとの中間というか、カラーリングとかはポケモンのテイストは踏まえつつもグーグルっぽさもあるみたいな。ビジュアル的な面において、すごくハイブリット感がある。

河尻

川上にある「戦略」の話から、デザインの「ディテール」の方へとトピックが流れていっているわけですが、中谷さんはポケモンGoの見える部分、触る部分のデザインをどのように思われますか?

中谷

機能としてのインタフェースはよくできているんだけど、デザイン的には全然よくないと思うんですよ。いわゆるアバターを作るところがあるじゃないですか。ちょっと考えられないくらい、どこがポケモンのユーザーたちにアピール、フィットしているデザインなのかわからなかった。

河尻

それでも受けるっていうのは何なんでしょうね?

中谷

いや、受ける受けないとは違うモードですよ。デザインはどうでもいい感じになっちゃってる。本来はデザインで引っ張りたいじゃないですか。実際そういうことができたんだろうけど、たぶん「デザインはまあいいか」っていう気持ちがすごくにおいますよ。

河尻

僕は、今の感じにフィットするっていう意味では、あの辺が落とし所な気もするというか。実はよくできていると思っているんですよ。ゲームと考えると物足りないかもしれないけれど、何億人単位の人々を屋外へと誘い出す装置としては、これくらいシンプルでないとワークしないのでは?と。

ハイジ

私はアバター自体はいいなと思っていて。もともとのポケモンは少年少女たちが虫取りに出かけるという世界観なので子供向けのビジュアルですが、GOのアバターは、ネットでは「20代後半ぐらいのアラサー独身の設定では?」という話もあって。ポケモン世代の私が今大人になって、自分のアバターも大人になっていて私はしっくりくる。

中谷

今日来てよかったわ。僕ポケモン世代じゃないからそれはわからなかった。

「見えるデザイン」と「見えないデザイン」

河尻

興味深い展開になってきました。中谷さんが話してくださった戦略の部分が「見えないデザイン」なら、ハイジさんが話してくれたのが「見えるデザイン」の話で。だいたいどんなものでも伝わるためには、見せる部分と見えない部分の兼ね合いがうまくいっていないとヒットしない。結果論にはなるのですが、ポケモンGOの場合、その見えない部分と見える部分というのは、かなりインテグレートされてるなっていうのが僕の印象ではあったんです。

ただ、それがいわゆる高度なデザインかっていうと「違うのかな?」っていうのはすごく中谷さんのお話を聞いていて思うんですけども。もしかすると、ゲームとして論じると罠にはまるのかもしれませんね、これ。先入観という名のモンスターボールに閉じ込められてしまいかねない(笑)。ちなみに今日デザイン関係の方はいらしていますか? (観客を指して)違いますか?

観客A

僕はプロデューサーです。

河尻

ここまでの話をどう受け止められましたか?

観客A

一番すごいなと思ったのが、日本のゲームだとありえないんですけど、まったくチュートリアルがない。ポケモン世代じゃないので遊び方がわからなかったのですが、勉強して知っていく楽しみがあるのかなと。それから、ARゲームではまだないなあと。何でかというと、自分がARの機能を切って遊んでいるんですよ。ゲットもしづらいので。実写の意味が今のゲームの中ではあまりないのでARゲームじゃまだないんだと思うんです。これからどうアップグレードがされるかだと思うんですけど。

中谷

おっしゃるとおりですよ。僕はつけ足しだと思いますよ。別にARである意味がないっていうか、そうじゃない遊び方が本流なんでしょう、きっと。

ハイジ

ARが楽しいのは、ゲームの本体とはまた別の遊び方だと思います。猫が上を向いていると(視線の先に)トサキントがいる画像が、ネットでたくさんRTされていたんですけど、やっぱりあの機能はマストというか、大事。コミュニケーションとして、ARがあることで、目の前にポケモンがいる様子を画像1枚でみんなに伝えられたりすることも、ここまで広まった一因だなと思っていて。

河尻

いいですね。デザインというよりジェネレーションギャップが浮かび上がってきました(笑)。

中谷

本当そうだね。

河尻

でも、使い方がわかりづらいっていうのは、グーグルっぽいのかもしれない。何が言いたいかというと、日本人の発想じゃない感じはやっぱりするんです。「カンヌライオンズ」という世界中のブランドコミュニケーション事例が集まる大きなフェスティバルがあるんですけど、デザイン部門だけ圧倒的に日本が強いんですよ。オリンピックの柔道みたいな感じで。

私はもう10年、毎年現地取材に入っているのですが、日本人のデザインは、ディテールの技すごいんです。ポスター1枚とっても作りこみの凄まじさはまさに匠なんですね。印刷技術もすごい。だからデザインの「見える部分」だけ見たときには圧倒的に強いんですが、その背景にあるアイディアや課題解決力の部分がどうも弱いというか、ノリが違うというか。西洋圏の国と並べて相対的に見た場合、マニアックな美に走りやすい傾向はあり、やっぱり若冲な国という印象もあるんですよ。これは良い悪いの話ではなく、事実そうだということ。と考えると「ポケモンGO」の不親切な部分、あるいはちょっと雑に見えるデザインも課題解決を含めて考えた時、相当ワークしているな、これはと。

中谷

おっしゃるとおりだと思います。それはデザインの学校教育の問題でもあって。かっこよさの追求の仕方がちょっと違うというか、コンセプチュアルじゃないというか。そこに哲学がないというか。僕も学校で教えているので、見ていると、そういう学び方をしていない。それがね、デザイン業界にやっぱり出てる。

日本のデザインの未来は?

河尻

ここで基本的なことのご確認なんですけど、「ポケモンGO」は日本のゲームではないですよね? キャラクターは日本発とはいえ。アメリカで話題になり始めた時、任天堂のゲームだ、みたいな無邪気な報道もけっこう多くて、ちょっと違和感もあったんですが、ビジネス上でのコラボレーションはありつつ、そこまで言い切っていいのか?と。

中谷

「ポケモン」は、日本のもののなかではかなりアイデンティティーがある方だと思う。だから、あそこまでいってると思うんですよ。そうじゃないとなかなか世界展開できない。

河尻

さっきのIT帝国戦国時代の話に少し戻ると、「ポケモン」をデザインする力があるのに、このような形で「GO」したのがアメリカだというのは、なんとなく釈然としない気も。ブランドを世界展開するには、どうすればいいんでしょうかね?

中谷

例えばメルセデス・ベンツは、10年後のデザインを今しているようなアイデンティティーを持っている。それを最近マツダなんかもやろうとしているけど、日本にはそういう根がないっていうか。表面的なかっこよさを追求する“らしさ”を日本の味としていくしかないんじゃないかなと、最近はしていますよ。その強みをどこまでいかせるかっていうところで、それで成功している日本企業はたくさんあるわけで、見習わない手はないなという感じもしますね。

河尻

ハイジさんはいかがですか?

ハイジ

クラフト力は強いなと思っているし、日本のアイデンティティーとして残っていったらいいなあとすごく思いますね。さっきのカンヌ広告祭の話で思うのが、そもそも日本と他国では社会的に抱えているものや見えているものが違うので、同じ目線で似たような課題を持つのが無理だなとも思うんですよね。

河尻

クラフトで徹底的にブランディングする、ということかもしれませんね。いずれにせよ、何か強力な得意技がないとなかなか勝てない状況ではありますから。世界がひとつの教室だったとすると、自動的にあだ名が「クラフトくん」になるくらいまでそこを発信して勝負すると。

ただ、その一方でビジョンというか大きなデザイン戦略みたいなものがないと、「ケンカが強い友達に取られちゃったよ、ポケモン。助けて、ドラえもーん」みたいなことも起こりかねず、なかなか難しいところではあるんですが。

中谷

デザインっていう考え方のモードが変わってきている。美大を出てデザイナーになるとかっていうモデルは、崩壊して終わっている。いまやデザインエンジニアリングという言葉があるぐらい工学系とのハイブリッドが進んでいる。AI(人工知能)やビッグデータなんかを駆使してデザインをするような時代になってくるとモードが全然違いますよね。人間がデザインをしていかないようなモードになっているので、それをシステムとして考えることをデザインととらえていかないと。もちろん工芸的なね、日本はクラフトが大事な要素だし、消えかかっちゃっている部分がすごく多いので、ものすごくもったいない気持ちもあるんだけど、また別のモードでそういうふうに考えていかないと、そういうデザイン教育をしていかないと、ダメなんじゃないのかなって。これからデザインは追いついていかないような気がします。

河尻

クラフトっていうのは簡単にいうと「目に見える部分」だし、システムっていうのは戦略とか仕組みですよね。その両方が合致するものが何かみたいなことですか?

中谷

仕組みとかがめちゃめちゃ弱いんですよ。

デザインの幼児教育は必要

河尻

ハイジさんは今どんな仕事をしているんですか?

ハイジ

今はフリーランスと、スタートアップでデザインの仕事をやっていまして。私はデザイナーとプランナーという肩書きを両方持っていて、場面に合わせて使い分けたりしているんですが、去年までプランナーがメインで3年ほどやっていて、フリーランスになったときに元々デザイナーをしていたので戻りたいなあと思って。

河尻

しかし、今、デザイナーと名乗ることは得なんでしょうか?

ハイジ

私も肩書きでは悩んでいるんですけど、やっていること的にはデザイナーでもプランナーでも領域的には一緒だなあと思って。何か問題があって、それをどう解決するか、それはさっきの仕組みという言葉だったりすると思うんですけど、どっちもやってきて思うのは、何か武器があると強いなあと。それが見えるもので解決策を示せるっていうのはやっぱり強みだなと思っていて。ビジュアルデザインなのか、今だったら3Dプリンターとか簡単になってきたので、それが立体かもしれないし、物作りの手法は映像だったり、いろいろあると思うんですが、具現化して見せることができるのはすごい強いなと思っています。

河尻

なるほど。デザインっていうことを伝えるやり方は人によってそれぞれ違うんですけれど、もっと発信する装置もいりますよね。中谷さんは、そういうことを取材したり解説したりすることで、ある種、デザインやアートを発信されていますから、仕組みも大がかりなものを考えていらっしゃるのかなって。

中谷

今一番興味があるのは、教育なんですよね。小さい子供たちの。実は、幼稚園が作りたかったんです。NHKの幼児教育のノウハウを投入して、スーパーなデザイン的少年少女を育てられたらいいなと思っていたんですけど、なかなか……。それで今個人的に、幼稚園や小学校に行ってワークショップやったり、いろいろ頑張ってるんですよ。小学生レベルできちんと教育をすると、こういう子(灰色さん)がたぶんできる。

ハイジ

中谷さんがずっとやってらしたNHKの「デジタル・スタジアム(デジスタ)」っていう番組を中学生のころに見ていたので、今回このお話をいただいてすごくうれしかったんです。中学校に半年しか行っていなくて、2年半引きこもっていたんですが、その間ずっとネットをして過ごしていたんです。その当時、楽しみにしていたのが「デジスタ」で、デザイナーになろうと思ったのもその当時。デザインとかアートっていう単語も分からないときにウェブデザインっていう単語だけを中学生のころに知って、その元にデザインっていう概念があるんだって思ったのがきっかけで、14歳くらいからずっとデザイナーになりたいって思ってすごしていました。

河尻

いい話になってきた。「デジスタ」が社会の窓だったんですね。

中谷

僕ら、それを目的でやっていたし、こういうふうに育ってくれてすごくうれしい。そういう子がたまにいるんですよ。信じられないくらいNHKで好き勝手やっていたので、地上波だとやらせてもらえなくて衛星で始めたんです。毎月海外取材に行って、海外の情報を日本に下ろしていたんですが、デジタル系の文化政策がそれで決まったりして。すごく影響力を感じた。今僕らがやろうとしているのは、若い人たちが目標になるようなものを作りたいと思っていて。そういう企画を今作ってるんですよね。その中のひとつがアートアワードをやりたいなと思っています。

今注目の技術を語る

河尻

「デジスタ」のときよりも技術が今進んでいるわけじゃないですか。注目している技術はどの辺ですか? 例えばAIはどうですか?

中谷

僕はAIを基本的にずっと研究し続けているんです。マサチューセッツ工科大学で、マービン・ミンスキーというAIの巨匠がいるんですけど、その人の研究室でしばらく研究員をやってたんですよ。だから、AIをテレビ技術に持ってこようという意識でずっとやっているんですけど、このAIというものがすごく難しいものなので、なかなかできなくて。NHKのどんな偉い人に話してもまったく理解されなくて。

河尻

何年ぐらい前からですか?

中谷

もう20年ぐらい。今はもうバリバリAIを展開していこうと。余生をそこにつぎこもうと思っているんですが、それと8Kを結びつけたら面白いなと思っていて。かなり頑張ってやっています。

河尻

なるほど。その次っていうのも技術的には見えているんですか?

中谷

コンピューターのシステムが変わるじゃないですか。今のシステムじゃないコンピューターになるから、そうした時にまったくモードが変わるわけですよ。計算量がまったく違うから。そこから変わりますよ、ステージが。

河尻

それを意識しておいた方がいいっていうことですね。

中谷

もちろん。意識しないと成立しないでしょ。先に行こうとしている人間は。

河尻

これもカンヌネタなんですが、今年はすごいプロジェクトがありましたね。レンブラントっていう昔のオランダの画家がいるじゃないですか。彼の新作をAIを使えばできるんじゃないかっていうもので、「ネクスト・レンブラント」って言うんですけど。

レンブラントの作品を3Dスキャンして、特徴をあぶりだしていって、ディープラーニングでレンブラントが描いたかのような作品を作り出す。それが絵の具の盛りから何までレンブラントタッチになっていて。AIっていったら何となくまだ10年後かな……みたいな雰囲気だけど、もうこんなことが可能で、広告として世に出ている。つまり、実用段階に入ってるんですね。発想は人間なんですけど、アウトプットは人工知能がもうできる。もう一個びっくりしたのが、人工知能で雑誌が丸ごと1冊できるんですよね。マーケティング雑誌だったんですが、なかなかのものでした。記事ももちろん書かせているんですが、レイアウトもできるし、結構クオリティーの高いものでしたから、「あ、これはもう来たな」というふうに思いましたね。

中谷

レンブラントの話で言うと、グーグルさんの影がすごくあって。グーグルさんのアートプロジェクトはご存知だと思いますが、世界中の作品を全部10億画素でスキャンしちゃっているわけ。フランスのスキャンチームがいて、日本にも何回も来てるんですけど。例えば東京国立博物館の常設作品をスキャンしまくるわけですよ。それでトーハクの作品は全部持っていかれちゃった。ルーブル(美術館)もほとんどスキャンをとられているんですよ。10億画素なので、絵の具の盛りとか何から何まで全部データがとられているんですよ。それもタダで。トーハクのキュレーターに「なんでとらせたの?」って聞いたら、「ルーブルさんもとっているから」って(笑)。

河尻

それは戦略がない感じがしますね。

中谷

それで、いつか東京国立博物館がそのデータをほしくなった場合には、じゃあこれでって(金額を提示されて)商売になっちゃう。ずるいっていう感じがするわけ。だから10億画素のデータって何に使うのかと思うけど、そういうことにバンバン使えるわけですよ。

河尻

もっと(用途が)いろいろ出てくるでしょうしね、今後。もうグーグル先生に弟子入りするしかないんでしょうかね(笑)。

中谷

アーカイブっていうのが今ね、すごくキーワードだと僕は思っているんですけど。そのスキャニングをいち早くやったのが、ビル・ゲイツさんなんです。日本の文様とかデザイン的な要素を全部スキャニングして持っていったの。でも京都の西陣とか友禅の文様だけはとらせてくれなかった。京都は「うちはそんなものは絶対外に出さない」って。えらいでしょ。だから京都は生き残ってるんですけどね。

河尻

本当に実際、建物まるごとと持ってけますもんね。

中谷

だって「スケッチアップ」っていうグーグルの3Dデザインツールは、建築家たちが使ってるんですけど、それで建築のデータはみんな持ってるんじゃないかな。

生き残れるデザイナーとは

河尻

ハイジさん、グーグル先生に弟子入りしなくても生き残っていけるデザイナーっていうのはどんなデザイナーなのでしょう?

ハイジ

そうですね、例えばグーグルがみんなが価値を見出していなかったことに着目したように……。

中谷

僕は悪いっていってるわけじゃないんですよ、利用されているっていっただけで(笑)。

ハイジ

(笑)。世の中の大半の人が着目していなかったところに価値を見出していることが一番のデザインというか、すごいことだと思っていて。そういう意味でインプットは大事ですよね。どういう分野においても、日々何に着目するかっていうか。人が無価値って思っていることに価値を見出すこと自体が、すごくクリエイティブだなと思います。

河尻

そういう価値があるなって思っていることってありますか? 最近だと何が面白い?

ハイジ

質問の意図とずれると思うんですが、去年「BAPA」というバスキュールさんとPARTYさんがやっている学校に通っていて。中村勇吾さんが「365日なんらかのデータを毎日1個ずつ集めて、それをなんらかのアウトプットにせよ」っていうお題を出されたんです。1日1回何かしらを続けて、最終的にそれを全然違う形のものを作るっていう内容で、私は服が好きなんですが「一番自分らしい服ってなんだろう」って思ったときに、365日自分の服を写真に撮ってその平均値をとると、その結果は全然別の自分らしい服になる。基本、発想っていうのは自分の身近なことから考えるっていうのが大事で。自分の子供が小さいころから大人になるまで、写真を撮り続けている方っているじゃないですか。勇吾さんはそれを例にあげて、日々の写真の変化はたいしたことがないけれど、それを何十年も続けていくと全然別のものになったり、そこに感動が生まれるみたいな。

河尻

おのずと価値になるということですね。それもデータであり、クリエイティブであり、デザインであるっていうこと。まあグーグルであっても、個々の人間を10億画素で保存しておいてくれるわけではないですから。実は色んなところに抜け道があるんじゃないかなっていう感じになってきたところで、いいお時間ですね。いろいろな話が出てきて盛り上がりましたが、(客席の)みなさんから何かご質問とかありますか?

AIの可能性

観客B

AIで質問ですが、人間の行動や性格、考えをトレースしていって、先ほど灰色さんがおっしゃったように蓄積したものが平均値になったときに、今後の予測ができる。例えばマーケティングでも、結果を見た上で「次にこういう商品を作ったほうがいい」とAIが予測していくんじゃないかなと思ったんですけど。

中谷

まあそういう見方もあると思いますが、でも僕は予測をしているうちはダメだと思っていて。検証ですよね。そうすると本物になっていくかなと。だって人がいなくなっちゃうから。そういうふうにAIを使いたいと思っているんです。僕は今アバターを作っていて、アバターをAIによって成長させていきたいと。そうすると自分がいなくなったときにもアバターは生きている。そうしたら何か世の中が変わるかなと。みんな残っていくわけで、それが今人類には必要なんじゃないかなとちょっと思っていて。……何言ってるんだって感じでしょ(笑)?

河尻

中谷さんが言わんとしている何かが見えてはきてはいます。見えてはきているんですが、もうちょっとヒントがほしいです。

中谷

自分の性格とかデータをすべて学習させて、AI的なシステムの中につぎ込んでいくと、育っていくんですよ。

河尻

そのとき意識はどうなるんですかね?

中谷

意識はそのままですよ。例えば自分の父親が亡くなっても、父親がいてくれるわけですよね。父親の性格のまま言葉が返ってくる。僕は父親が亡くなるときに「もう父親には何も言ってもらえないんだ」って、瞬間にAIで自分が育てないとって思っちゃったんですね。何言ってるんだって感じでしょ(笑)?

河尻

いやあ、相当すごいアイデアのような気がしていて。超スーパー画素の高い3D写真みたいなことですよね?

中谷

だから人ですよね、自分に都合のよい人。

河尻

技術的には解決されるのかもしれないですけど、AIをツイッターデビューさせたら、いろいろ学習していくはずだったのに、24時間以内にネトウヨになったという話もありますからね(笑)。ああいうのってどうなんですかね?

中谷

解決されていくと思いますよ。人工知能の学者たちはたぶんみんな分かっていて、それは理論上は全然できるから。僕はそれをちょっとまねっこしようかなと思っていて。もし実現すれば完璧にエージェントもできるから、社員は人じゃなくてもよくなったりする。

河尻

僕も、自分の仕事で機械的にできる作業はAIにしてもらったらすごく楽だなと思うんですよね。例えば、アワードの受賞作の解説記事はAIに任せて、リアルな場所でしか取材できないことを自分がする。写真も引っ張ってきて、バンバン記事を投げていってくれたらものすごい楽なわけですよ。そんな個人仕様のものは、いつなるか分からないですけど、便利だなあとは思うんですけどね。

中谷

昔、どんな文章を書いても必ず「こんな言い方もあります」って提案してくれるワープロのソフトがあったんですけど、どう考えてもあんまりいい文章ができないんだよね。まあ選ぶ側に問題があるんだけど(笑)、AIはそういうこともちゃんとフォローして、作っていかないとね。

河尻

あれはどうだったんですか? 「星新一賞」に、AIが書いた小説が応募されたっていうのが話題になっていましたけど。

中谷

小説家は偉大ですよ。先を読んで、結果的に本当にこんなふうになったっていうことがいっぱいあるじゃないですか。あれはね、すごく取材をしているからなんですよね。漫画家、小説家の取材力って僕ら到底かなわないくらいトコトンやりますから。もちろん一流の人ですけど。

ハイジ

物作りの共通点なのかもしれないですよね。AIも結局はいろんなデータを大量にインプットして、そこから抽出……ということじゃないですか。

中谷

AIが一番すごいなと思うのは、僕は情報量だと思うわけ。あらゆるデータがあったら、センスがよくなるんですよ。それをキュレーションする能力だけが必要なの。

河尻

それは編集者っていう仕事がまさにそういうことをやっているわけで。

ハイジ

悪いものも見ないと判断できないですよね。

中谷

感受性というか、いい悪いの判断や好き嫌いは、センスがよくないといけないので、子供のころにちゃんとデザイン教育をしていないといけない。僕らは石膏デッサンを若いころからずっとやっていて、黒から白までの階調を普通の方よりも何階調も見分けることができるの。それは毎日何時間も絵を描いているから、白黒の世界を追い求めていたからできるんで。そういうことをもうちょっと若いうちに学んでほしくて、「デザインあ」っていう番組を企画したの。それを勇吾くんに丸投げしたらすごい番組に育ててくれて。

河尻

いいデザイン番組でしたよね。

中谷

最初はNHKが全然認めてくれなくて、「幼児に向けてデザインはありえない」っていわれたんですよ。「幼児は造詣教育だ」って。「デザインは、社会との関わりの中でのクリエイティブだ。よって子供番組には合わない」っていわれたんです。

ハイジ

集合体が社会なんで、そういう意味では大人も子供も関係ない。自分の主観で何を思ったかの蓄積が大事だなって思いますね。

河尻

じゃあ次は「AIあ」とかどうでしょう? それが終わったら「AIい」。(客席に向かって)ほかに聞きたい質問はないですか?

デザインとは「未来」

観客C

いいデザインって何ですか?

河尻

最後に投げ込んできましたね!

観客C

デザインのトレンドって変わるじゃないですか。そのときは必ずノイズが起きるんですけど、なんとなく定着していって、あとからみんながまねして、一般化する。変えるタイミングとか、その裏側はどういう思想が働いているのかなって。

中谷

僕はいいデザイナーっていうのは、時代の風をちゃんとキャッチして、ちゃんと表現する人。時代性がないとデザイナーとしてはありえないので。

ハイジ

それは後半の二つ目の質問の答えにもなっていますね。タイミングってすごい重要で。変えるタイミングは、先読みかなとも思うんですけど、基本ロゴとかはフィロソフィー……どういうビジョンをもって、それを体現するかというものなので、誰かの後追いじゃなくて。未来を予測してそのときに変えても遅いわけで、考えた瞬間に他社よりも早く実現しないといけない。

中谷

「デジスタ」のゲストで電通の白土(謙二)さんっていう有名なクリエイティブディレクターが来ていて、彼がよくいっていたのが、「僕が分からない作品がいいと思うんだよ。僕はいろいろ経験を積んでいるから、僕がわかるのはダメなんだよね」って、変なの選ぶの。それから僕もまねするようになった(笑)。

河尻

プレゼンの時もそのスタンスを貫くという、クリエイター都市伝説を聞いたことがあります。クライアントが「分かんない」っていうと、「分かんないのがいいの」っておっしゃるらしい。

ハイジ

自分でわかるものはすでに世の中に広まっている当たり前のことで、未来のことではないみたいなことなんですかね。

観客C

デザインって、イコール未来ということなんですかね。

中谷

僕もそう思います。

河尻

終了間際のタイミングで難しい質問をぶっこんでおいて、最後は名言アンサーでみずからまとめてくださったわけですが、やっぱり課題を解決する力がありますよね、いいデザインって。過去も未来もそこは変わらないんじゃないかと。

他のGプレスを見る